講師からひとこと
今年度東京藝術大学彫刻科に合格した柳川純子さんは、ジュニアから代々木ゼミナール造形学校へ通い、現役で多摩美術大学へ進学。その後再受験で藝大合格となりました。
柳川さんは大学で制作や勉強する日々の中で、代ゼミで学んだことやアドバイスを常に思い返していたと言います。その結果今年度、受験対策はほとんど行わない状態で見事に合格を勝ち取りました。これは現役時にすでに柳川さんが彫刻や造形について揺るぎない基礎力のベースを身につけていた証だと言えます。
現在の藝大受験における彫刻科の状況は、大人数制予備校と少人数制予備校の激しい二極化、一次試験合格倍率の上昇と二次試験課題の複雑化によって、現役合格率が以前より低下している傾向があります。
代ゼミ彫刻科は少人数のメリットを最大限に活かし、丁寧で細やか、かつ受験課題の視野に囚われすぎないことを念頭においた広く長く「使える技術」を指導することを心がけており、柳川さんの東京藝大への進学は、代ゼミ彫刻科がとっている指導方針そのものを体現した結果として、我々講師にとってとても自信になるものでした。
今回は柳川さんのインタビュー及び合格再現作品と、代ゼミ彫刻科での制作を振り返りながら、合格の秘訣を紐解いてみましょう。
代々木ゼミナール造形学校 彫刻科主任講師 北山翔一
藝大合格者 一問一答
●入試が終わった率直な感想は? 試験には落ち着いて挑めたと思います。去年と違って大学に在籍したまま受けたので、あまり深刻にならずに楽しめました。
●代ゼミで学んで一番印象に残っていることは? 大学での話になるのですが、現役時代に理解できなかったことが長い制作期間の中で少しずつわかるようになっていったことです。 繰り返し何度も言われたことや記憶に残っている指導などが自分の見え方と重なってくるのはなんともいえない気持ちよさがあります。
●現在、志望校合格のために頑張っている後輩へ一言。 浪人にこだわりすぎず、まずは受かった大学に行って学ぶのも一つの手だと思います。同じ素材、モチーフを短いスパンで作り続ける受験対策よりも制作を自分のものにしやすいうえ、それとじっくり向き合う時間もできます。 どんな環境でもやり続けたことは確実に積み重なっていると思うので、思うような結果が出なかったとしても丸ごと次に活かす勇気を持てば大丈夫だと思います。
東京藝術大学 彫刻科 合格再現作品
※参考作品はクリックすると拡大されます。
|
作品解説 |
 |
一次素描
石膏像『ヘルメス』を描きなさい
明快で遠目の印象に優れたデッサンです。ヘルメス自体が持つ複雑な構成をゆったりと捉えながら、描写においては観念ではなく観察が重視されている点が魅力です。迫力ある構図を取りながら、白から黒の発色が良く新鮮な印象を描けており、作者の目の良さや安定した造形力を感じさせます。 |
 |
二次塑造 ・鏡の前の『ローマ人青年のマスク』、自身の手
上記の2つをモチーフに含め自由な主題による作品を作りなさい
・作品の主題と説明を回答用紙に書きなさい
マスクに片方の手が添えられているシンプルな構成と思いきや、回すと実体の奥の鏡の虚像が姿を表します。良く見ると、鏡の境界で手が消滅しており、反対側に消えた指が出現しています。モチーフが設置されている状況、課題文に対応した明快な構成だと言えます。
作り込みの精度はその構成の完成度と直結しており、どちらが欠けてもいい作品にはなり得ません。石膏像の精度も高く丁寧な観察が感じられる上、手においても生き生きとした生命感を描写していて、石膏像との対比を作っています。また、裏側の虚像のマスクはぼんやりと作り込まれることで、作品の主題である「実体のないものは存在しないか」を物語る造形となっています。アイデアと観察と造形表現のバランスがこの上なく良くまとまっている秀作です。 |
現役生時代の作品
※参考作品はクリックすると拡大されます。
|
作品解説 |
 |
自画像(7月) 迫力満点の自画像です。柳川さんはクロッキーが得意でしたが、勢いがありすぎ
ることがあり、描きすぎて鈍くなってしまうことが多くありました。この作品は、荒々しいタッチによってむしろ繊細に表情が捉えられており、生命感や息遣いが感じられるかのようです。 |
 |
友人像(12月) モデルの印象にぐいっと迫り、とても生命感がある柔らかい印象です。柳川さん
はこの作品で観察力という点においては完成形に到達しました。モデルの精神性や人間味まで
伝わってくる傑作です。 |
 |
自刻像(1月) コンクールでの短い時間での制作でしたが、その構成は野心的。本来胸像には
構成されない水平面が体の切り口周囲に造形され、塑造板上で緊張感を生んでいます。
チャレンジ精神をコンクールでぶつける姿勢は、その後の合格への道筋を暗示しているとも言え
ます。つまり、攻め過ぎることと力を出し切ることは両立させることが難しいということです。 |
 |
マルス背面デッサン(1月末)
像の印象や精度、形態の描写ともに質の高い完成された一枚です。明暗のバランスが的確です。迫力のあるかっこいいデッサンです。 |
まとめ
以上のように、今回合格にあたって行ったインタビューと作品とを並べて見てみました。
柳川さんが造形ジュニアから育てた造形力は、試験直前のマルスのデッサンに明らかなように、
高3生の現役時代に完成していました。ですが、その年の入試は一次試験で残念な結果となってしまいました。それは何らかの理由で力を出しきれなかったということです。
大学に在籍し学ぶことで、心の余裕を作り出し今年度の入試に臨んだという柳川さんの言葉からわかることは、受験の中の視野を超えることが、メンタル(心)とフィジカル(実技)のバランスをとるために、彼女にとって必要であったということです。
造形力をつけることだけに止まらず、試験本番でその力を作品に実現させるためのメンタルの作り方が重要です。自分の実力を広い視野で客観的に把握し、合格する作品の質を具体的にイメージすることが、その第一歩だと言えるでしょう。
代々木ゼミナール造形学校 彫刻科主任講師 北山翔一