藝大生になりました!2022年度

講師からひとこと



 代々木ゼミナール造形学校で基礎科から真摯に絵画制作に向き合ってきた油画科の鈴木葉子さんがこの春、東京藝術大学油画専攻に合格しました。大学に進んだ後も、鈴木さんのさらなるご活躍を油画科講師一同期待しております。
 今回は合格再現作品と今年の出題傾向、鈴木さんの代ゼミでの3年間の軌跡を追うことで藝大・美大油画科の受験に合格していくために必要な力とはどういったものなのか、代ゼミ油画科に通っている人はどのような1年を過ごしているのか、「絵」に興味を持っている皆さんへ少しでも参考になれば幸いです。


代々木ゼミナール造形学校 油画科主任講師 佐藤亮介

藝大合格者 一問一答



合格者写真
入試が終わった率直な感想は? 藝大は1次も2次も、今自分が描ける最大限のものを出したから、これで落ちたらしょうがないと思える作品を作ることができました。2次の油絵は特に、終わった時自分の絵を見て、最高のものが描けたとか、完璧な作品だとかは全く思わなかったけれど、今の自分のレベルでやれることは全てやったと思いました。1年間の浪人生活を思い返しても、ブレブレで右往左往して、全く定まらなかったけれど、しっかり遊んで、色々なものに触れて、影響を受けて、たくさん失敗して、悔いはない浪人生活だったと思います。後から振り返ると、意外と一貫していたりもして、面白いです。

代ゼミで学んで一番印象に残っていることは? 現役時代に、光の影響を見るために夜に先生とマネキンをかついで外に出て、街中で写真を撮りまくったことです。1枚の絵のためにこんなことまでしてくれるんだとびっくりしました。モチーフを作るため、絵のためなら図々しくなれるということを学びました。あとは、藝大1次の直前の、デッサンしかやらない2週間くらいの授業です。毎日1.5枚くらいずつデッサンをして、山ほど失敗するけれど、技術は上がっていくから、どんどん自分を超えるのが難しくなっていくというのが地獄でした。

現在、志望校合格のために頑張っている後輩へ一言。 私個人の意見で、油画科に限った事かもしれませんが、先を考え続けることは大事だと思いました。受験はつまらないけれど、課題があるから楽です。 でも、課題がなくなった時、自分は何を作りたいのか、何を表現したいのかという事を楽しみに考え続けるべきだと思います。私は浪人の1年で、色々なものに触れて、表現の手段は絵に限らずたくさんあるという事を学びました。だから、立体をつくる気持ちで、映像をつくる気持ちで絵を描く、頭の中だけは受験絵画の枠を超えようと努力していました。先生は今の自分のためになる事を言ってくれますが、それに従うだけじゃ先に進めないと思います。合格をゴールにしない事が、大学に入ってからのバイタリティにつながるんじゃないかなと思いました。

藝大入試課題解説



出題内容

1次試験:素描(木炭紙)5時間
 ①「表・裏」【条件】「表・裏」をテーマとして、配布されたモチーフを使用し自由に描きなさい。
       【モチーフ】トランプカード(箱付き)/白紙カード(箱付き)
 ②「偶然・必然」【条件】「偶然・必然」をテーマとして、配布されたモチーフを使用し自由に描きなさい。
         【モチーフ】サイコロ/サイコロ(無地)
2次試験:絵画(F30号キャンバス・スケッチブック)17時間
 「私」「社会」「自然」から一つ言葉を選び、「謎」と組み合わせて自由に発想して作品を制作しなさい。

傾向と分析

 これまでの出題の傾向は、1次・2次試験のどちらかで具体的なモチーフが課され、もう一方ではより個人の発想を引き出すことを重視した言葉・文章のみの出題または大学構内取材で自らモチーフを探す出題か、とてもシンプルなモチーフを出題することが多く見られました。出題文やそれに伴うモチーフ自体に、絵画制作にあたって思考重視またはヴィジュアルを重視した返答だとしても、ある程度遊びを利かせられる「枠」というものを与える傾向にありました。しかし直近5年の出題ではその境目が無くなっていく傾向が強いです。出題文章のみの課題はよりその枠を大きくし選択幅を広げている印象です。具体的なモチーフを出題したとしてもそれ自体とは関連の無い言葉を構成させて枠を広げるよう促す内容や、反対にそのモチーフに直接的に関連する言葉・条件・指示を加えてある一定の枠の中で作者がその枠を広く解釈することで内から押し広げることを期待するような内容となっています。そのような流れの中で今年の出題は偏りなくバランスをとった内容といえるでしょう。
 1次試験では大半の人がゲームで扱った経験のあるトランプやサイコロをモチーフとして、課されたテーマも直接的に関係しています。明らかにそのモチーフを使うシーンが頭に浮かぶなかで、どの程度逸脱し自分の絵とするかが試されたので、近年の中では制限がやや強めです。
 2次試験は言葉の選択で発想の大きな入口を三分割し、一度その入口を通ってからもう一度間口を広げるような言葉を組み合わせることで、絵画の入口を感じさせつつも具体的にどのような方向性に向かっているのか作者の考えの幅の広さを窺い知れるように意図したものと考えられます。「何でもありの自由さ」というより「やさしい枠組みがある中での自由さ」を意識しているのでバランスをとった出題内容といえます。

東京藝術大学 絵画科 油画専攻 合格再現作品


※参考作品はクリックすると拡大されます。
作品解説

1次試験再現作品/木炭紙  1次試験の素描は、ババ抜きをしている2人の少女の様子を描いています。今まさにカードに手をかける場面で引く側は相手の表情や手札をいぶかしげに窺い、引かれる側の表情は見えず引かれるカードも白紙で描かれているので、この状況を見ている私たちにも引く側の緊張感を味わわせ、引かれる側の思惑も予想させます。カードの「表・裏」だけではなく少女達の表情とその裏側にある感情の「表・裏」など多岐に渡ってテーマを重ね合わせて構成を考える事によって、ありふれた情景でも前後の時間や感情の流れさえも匂わすことが出来るのは絵画の魅力であり面白さですね。その状況を演出するさりげない木炭のざらついた表情やグレーの階調も美しいです。
2次試験再現作品/F30号 2次試験スケッチブック再現(抜粋)  2次試験の絵画は、言葉の選択肢の中から「社会」を選択して「謎」と組み合わせて構成を考えています。2人の少女が並んでいると思いきや糸の形や右側に垣間見える三つ編みから推測するに画面外の両隣にも並んでいるようです。同じ顔をした少女が無限に並んでいるのでしょうか、別人だけれども同じ格好をしている少女達が並んでいるのでしょうか、想像するだけで様々なストーリー展開を彷彿させます。特に設定にこだわっているのは少女達がつまんでいる糸。つまんでいる位置は高さが不揃いで糸はところどころに結び目があり、均衡のとれていないリズムある形を明らかに印象づけて描いています。時には山並みの形、オシロスコープで見るような波長の様子、グラフのような何らかの傾向を示すものとして見えてくる形と、鑑賞者から見て左から右へ少女達の目線の流れが、その行く末がいかに続いているのか予想させます。「社会」と「謎」という単語を組み合わせているため、刻々と時代が流れる中でその節々で起きる事件や災害を糸の絡まる様子に、それらの影響により変わり始める情勢に例えてその転換点を少女達がつまんでいる様子に描いているともとれます。少女達のむすっとしてどこかドライな表情から察するに、世情への興味の薄さや反対に子どもの方が世の中を冷静に見ており大人達にあきれている表情とも窺えます。まだあどけないけれども確実に関わりを持っていかなければいけない「社会」の動向を俯瞰した図としてこの作品を見るのもとても面白いです。作者自身も完全に1つの答えを押し付けるのではなく、解釈の幅は持たせつつも確かなストーリーの大きな入口を提供していることや、考え抜かれた絵の具の重なりや絵肌のこだわりから作者の実力を感じることが出来ます。出題の条件には作品のタイトルを書く欄がありました。作者がこの作品につけたタイトルは「ふしん」。最後まで解釈を絞り込ませず、「謎」を残した深みのあるタイトルですね。


合格への道のり


※参考作品はクリックすると拡大されます。
基礎科生(高1生冬から高2生)
鉛筆による静物素描/M画用紙 ボールペンによる静物素描/M画用紙 木炭による静物素描/木炭紙 静物油彩/F15号
 鈴木さんは基礎科に入ってすぐの頃はまだ油画科に入るとは決めておらず、鉛筆による静物素描を中心に描いており、モチーフを写し取る力を伸ばしていきました。家でも寝る間も惜しんで絵を描いたりするくらいに、絵のある生活は当たり前だと話してくれたことを覚えています。見返してみても油画実習、木炭素描を経て、ぼかしや空間に溶け込むような見え方、画材自体の表情にも興味を持ち、読書や映画が好きだということから詩的な風景や光の演出をして描く作品も多かったですね。

夜間部生(高3生)
配付モチーフの構成素描/木炭紙 イメージ構成油彩/F15号 藝大1次再現作品/木炭紙 藝大2次再現作品/F20号
 油画科の夜間部に移り受験生としての1年を迎えます。油画科の静物課題ではただ写し取るだけになってしまっては絵画表現にならないので、自らの視点や演出を考えることに悩んだり、想定課題では自分の好きなモチーフを使って伝えたいことを伝えきれずに終わってしまうことが多かったので、自ら授業時間外で作家の作品を参考に絵の具の表情を模索したり、様々な出題に対しても徹底的に1つの表現を続けてみたりと、地道に努力を重ねていました。後半に行くにしたがって、想定課題では主に何か越しに見る透過した向こう側の世界との関係であったり、2つの図像が重なり合うことで理想の風景を投影するなど、対となる関係性について描いており、初めての藝大入試で描く作品にもつながっていきます。この1年で学んだことはやりきって臨んだにもかかわらず残念ながら結果がついてきませんでしたが、絵を描くことについて確実に次のステップに進むことが出来た1年だったことでしょう。

昼間部生
自ら考えたテーマによる構成素描/木炭紙 言葉による構成油彩/F15号 言葉による構成素描/木炭紙 言葉による構成油彩/F15号
 1学期には模写や立体造形の授業を経て、基礎力を鍛えていた鈴木さんでしたが、夏以降は自分の表現とは何だろうと考える時間が増えていきました。動画的であるのか静止画的であるのか、1からオリジナルのモチーフを作り出すのか、大元となる作品やモチーフを完全に踏襲した上でアレンジして自分の表現と結び付けていくのか、どこに自分の制作のヒントが転がっているかはわかりません。様々な作品を見たり真似たりすることでもがき続けていましたね。
 後半は、作品の完成とはどのように解釈の可能性を広げたまま手を離すことなのか、そんな細かいことよりも絵の具の色がきれいだ肌がきれいだという直感的な美しさに帰るのか、そのような会話を繰り返していました。入試の際に描いた作品のヴィジュアルに至るのは1次試験が終わってからでした。しかし色彩もその絵肌も出てくる少女達も、その関係性も断片的に鈴木さんの作品にモチーフとして登場していたり考えの中にあったもので、絵の肌へのこだわりを軸にしてよりそれぞれの要素が紐付き、自分の考えてきたものが結びついて表れてきたものでした。