藝大生になりました!2015年度

この20年間に約200名の芸大合格者が輩出した代ゼミ造形学校・芸術学科。2015年も例年通り、優秀な新芸大生が誕生しました。
現在、東京芸大芸術学科では、最終試験で論文または素描が課されています。ここでは論文選択の合格者2名の「入試再現」作品を公開すると共に、合格者本人の自作に関するコメントと、造形学校講師のコメントを合わせて掲載します。
造形学校出身の芸大卒業生の少なからぬ数が、すでに全国の美術博物館のキュレーター、美学美術史専攻の大学教員、評論家や編集者として活躍しています。各界で活動中の方々が、造形学校で学んだことが自分の原点と語っています。現講師の私も、造形学校・芸術学科で学んだことを土台として、毎年新しい芸大生を送り出すことに喜びと誇りを感じています。


代々木ゼミナール造形学校 芸術学科主任講師 佐々木泰樹

入試再現



東京芸大芸術学科  2015(平成27)年度入試【論文】

「図版の作品」について、その「造形上の特質」を述べながら、自由に論じなさい。

① 「図版」は30分後に回収。その間、図版とメモ(スケッチ)用紙のみが渡され、問題文は配布されない。
② 図版回収とともに問題文・解答用紙が配布され、120分の記述。

※図版・問題文には作品名をはじめ一切のデータは付されていない。


内田  夏帆さん

  作品は、日本の絵師、尾形光琳による硯箱である。八橋と燕子花による絵画的な装飾が施され、その形、色彩、質感は絶妙な調和を保っている。この硯箱を手にする者はおそらく、素晴らしき韻致を感じることになるのだろう。
  まず、八橋が俯瞰視によって、燕子花が水平正面視によって捉えられている。二つの異なる視点で表されているにもかかわらず、そこに違和感は存在しない。というのも、被蓋造りでありながら、硯箱の各面がつながりを持つ装飾がなされているからである。側面にも七輪の燕子花、蓋面には対角上に三輪と十数輪の燕子花が表される。その間を、側面から蓋面にかけて、硯箱そのものが取り囲むように、八橋が走る。この大胆な八橋の配置は、各面のつながりを生む一つの要因である。また、蓋面において、対角線上に配された燕子花と、もう一つの対角線をゆるやかに形作る八橋が、蓋面に安定をもたらしている。各面の見事なつながりは、蓋面と側面をまたぐように描かれた十数輪の燕子花に、より明確に示されるだろう。蓋を閉めた状態を考慮して、燕子花の一群が途切れなくつながるように描かれているのである。もう一方の側面に表わされた七輪の燕子花は、蓋面の燕子花に対し、視点の転換が明らかになっているが、こちらもやはり、側面と蓋面をまたぐ八橋によって、つながりを損なわない。八橋は直線的な形を、燕子花はそれぞれに個性のある曲線的な形を持っている。二つの対照的な形は、人工物と自然物の対比を思わせ、しかし面のつながりの中で共存することによって形の調和を成しているのだ。また、蓋の開閉が容易になるよう、蓋には、指をかける窪みがつけられている。その部分の形は、燕子花の花の形と呼応している。そのため、人工と自然は確かに対照的でありながら、硯箱という一つの人工物が、自然に包み込まれ融け込んでいくような印象をも受けるのだ。こうした形の調和だけでなく、色彩と質感の調和にも着目したい。八橋には、鉛色をした、金属のような硬質な素材が当てはめられている。対して、燕子花は、黒地によく映えるなめらかな金線によって描かれ、花の部分にのみ、螺鈿が施されている。こうして燕子花は、乳白色の柔らかな輝きを見せるのだ。異なる素材を用いた、異なる性格の色彩と質感が現れることで、作品全体に程良いアクセントが生まれのである。更に、燕子花の葉に用いられた、ふくよかな金線は非常に興味深い。なぜなら、この金線は、八橋や燕子花の螺鈿の上にも、ためらいなく引かれているからである。そしてこの細かな描写が作品に大きな効果を生んでいる。群れを成して生える燕子花や、その群を縫うように掛けられた八橋が、より一層誠実に表現されるのだ。
  硯箱の意匠として表わされた八橋と燕子花は、もはや手の中に納まる硯箱だと思えぬ程の広がりを持って、感覚に訴えている。それは何と趣き深い情景であろう。互いにこすれる燕子花の音を聴き、場に流れる清澄な空気を肌に感じ、その爽やかな香りを楽しむことができる。この気品のある硯箱を前に、一時の精神の安らぎと、心地良い韻致を感じずにはいられないのだ。


【受験者本人のコメント】
憧れの東京芸大の一室で論文を作成するとなると、身体も頭も少し強張るものです。しかし、入試前日まで行われていた代ゼミの直前講習会でのアドバイスのおかげで、落ち着いて論述に取り組むことができました。論文の題材・形式、また書き進める手順まで、代ゼミの教室で学んだ通りだったこともあり、自分でも会心の作がかけたと思います。「最高の論文」を芸大の先生に見ていただきたい。その気持ちで1年間やってきた努力の成果です。
【講師からのコメント】
内田さんは、もともと作品を見ることを記すことに関心もセンスもある人ですが、1年間、教室で論文に取り組んだことで、天性の鑑賞眼にますます磨きがかかったと思います。芸大の入試本番で記した論文は、ご本人の言葉通り「最高の論文」ではないでしょうか。もっとも、2学期の終わりぐらいから、常にこの水準の論文を書いていたことも事実ではありますが。とはいえ、入試本番に平常心で臨めること自体が、内田さんの実力の証です。


中西  希さん


  図版の作品は、江戸時代に尾形光琳によって作られた、『八橋蒔絵螺鈿硯箱』である。硯箱は被せ蓋造りで、箱の上部に見える境界線から、内部が二重構造になっていることがわかる。伊勢物語を題材としており、黒い漆地で表現された湿地の上にはかきつばたの花が無数に咲き誇り、その間を蛇行するようにして八橋がかけられている。かきつばたには葉の部分を蒔絵で、花のみを螺鈿で表現している。さらに八橋は銀細工で表面から浮き出るように作られている。以上より、背景の漆黒と金・銀、螺鈿のきらめくような白は互いを引きたて合い、硯箱に華やかで荘重な趣を与えているのだ。
  図版から見える硯箱の3つの面には、それぞれ絵画的な空間が作り出されている。まず、上蓋部分の面は縦長の構図を取り、左手前から右奥にかけて2枚の橋板が敷かれている。これによって左手前から右奥への対角線が形作られ、さらに右手前には多数のかきつばたが咲いているのに対し、左奥には3輪のみという対比によって左手前から右奥への対角線も意識される。右手前に表現されたかきつばたの根本はトリミングされているが、真下の箱の側面にその続きが描かれる事で2つの面はゆるやかにつなげられている。加えて、図版右手に見えるこの側面にも2枚の橋板が水平にかけられ、その先の1枚がもう一方の側面へとつながる。
  残る左側面には右手前から左奥にかけて1枚の橋板が斜めにかけられている。下方には再びかきつばたが根本を大きくトリミングした状態で表現され、対して上部はかきつばたの根本だけをトリミングした状態で描いている。そのため上下の空間の広がりが感じられる。しかしここで問題となるのが、左側の側面と上蓋の画面の向きが異なることだ。箱という性質上、5つの面全てを同じ向きにつなげて描くには無理がある。それを解決するのが、この作品の場合、銀で施された八橋である。左側の側面と上蓋は蒔絵でつなげることはできないが、3つの面全てにまたがる5枚の橋板によって見事に一体化されているのだ。おそらく、裏側の二面も残る3枚の橋板によってつなげられている。従って、この硯箱は蒔絵と銀細工の八橋によって、箱の全ての面がつながり、途切れることのない1つの空間、すなわち物語の世界を作り上げているのである。
  最後に、この硯箱においてやや変わった特質がもう一点ある。それはかきつばたを横側から捉えている一方、八橋を真上からの俯瞰で表現していることである。なぜ、あえて異なる2つの視点を組み合わせたのであろうか。まず、かきつばたに関しては輪郭線のみで表された花の形が最も映える視点を考慮してのことだろう。では八橋はどうか。それは、橋板を俯瞰で表現する事により、あたかも自分自身が橋の上歩いているような感覚を呼び起こさせるためではないか。リズミカルに並ぶかきつばたとその間にかかる八橋は絶妙な視覚への効果によって、見るものを物語の場面へと誘うのである。この硯箱は、繊細で複雑かつ大胆な空間構成によって、伊勢物語の世界を巧みに表現しているのだ。


【受験者本人のコメント】
代ゼミの授業で様々な作品をしっかり見ていましたし、一浪して時間にゆとりもできたので、自分でも展覧会や図録で積極的に作品を見ていました。その効があって、入試本番では作品そして論述そのものを楽しむことができました。せっかく、これから芸術学を学ぶのですから、まず幅広い美術作品に自分なりに愛着が持てるように、また、その愛着を出来るだけ確実に言葉で表現できるように心がけた二年間でした。これからも続けます。
【講師からのコメント】
中西さん本人のコメントにもある「愛着」が如実に記されている論文だと思います。こうした目、こうした言葉こそ、芸術学の根幹です。もちろん、根幹となる目は自ら備わっているものではありますが、どのような領域・分野であっても天性だけではやっていけません。2年間、代ゼミの教室で中西さんは目と心と言葉を養いました。少々堅苦しいアドバイスではありますが、今後も精進あるのみ。内田さんとともに前途洋洋!うらやましい。