藝大生になりました!2015年度

3人とも各々に見事な論述ですので、あまりコメントすることもありません。各人が自分のスタイルを持って記述しているところが本当に凄い。飯沼さんの細やかさ、近藤さんの力強さ、岡くんの分析、と各々の持ち味が遺憾なく発揮されています。現役高3生が、ここまで作品に対する理解と共感を示すことができるとは。
栴檀は双葉より芳し。これからも多くの作品をじっくりと味わいながら、持ち前の感受性を豊かに育てて下さい。


代々木ゼミナール造形学校 芸術学科主任講師 佐々木泰樹

入試再現



飯沼  葵さん

  作品Aはフラ・アンジェリコによる「受胎告知」である。聖母マリアに大天使ガブリエルが神の子を宿したことを告げる様子がシンメトリックな構図で描かれている。アーチ構造を有する建物の内部にマリアとガブリエルを配し、水平正面視で捉えている。柱の連なりや庭の柵による水平・垂直軸による厳格な構図ながら、アーチ型の反復により心地良いリズムが付与されている。また、マリアとガブリエルは、それぞれが手前の二本の柱の間に配され、イコンを思わせるようにアーチ型の下に1人ずつ描かれていることにより、両者の神聖さがより高められているのである。さらに、画面に向かって左に体を向けているマリアが、彼女に対面するガブリエルよりもやや奥まったところに描かれているため左手前から右奥への空間の広がりを感じさせる。また背景の半分以上が建物の壁で覆われているが、奥の扉の小窓によりその奥の空間が暗示されている。建物の内部には人物とマリアが腰掛ける木製の丸椅子のみという簡素な空間と、このような厳格な構図が相まって実に厳かな様相を見せている。
  庭の方から建物の内部へ降り立ったガブリエルは左膝を立て腕を胸の前で交差しマリアをじっと見つめている。その様子は、神の御言葉を授かったガブリエルの使命の重さとそれに伴う彼女の緊張感を巧みに描写している。一方マリアは木製の丸椅子に腰掛け腕を胸の目の前で交差してガブリエルの方へ身を乗り出すように前傾姿勢をとっている。ただならぬ重大なことを告げられるのだろうというマリアの覚悟やガブリエルの言葉に耳を傾ける誠実さが感じられるのだ。両者の量感が抑制されていることもあり、ガブリエルの羽の色彩の鮮やかさやドレーパリーの流麗さ、繊細な筆致が両者の間に漂う臨場感や緊張感を際立たせる。作品Aは、ガブリエルがマリアに告げる瞬間を、厳格な画面と繊細な人物の描写により描きだした実に厳粛さを感じさせる作品なのだ。
  一方作品Bはボッティチェリによる「受胎告知」である。恐らくはマリアの自室での告知の様子が、ほぼ正方形の画面にアシンメトリックな構図で描かれている。作品Aとは対照的に完全に室内であるため、ガブリエルとマリアが画面に大きく描かれているのだ。そして両者は実に躍動的である。ガブリエルは右膝をつき、左膝を立てかなりかがみ込んでいる。左手に一輪の百合の花をもち、右手をマリアに向かって垂直に立てて見上げる様子はマリアを敬う天使の心が体現されているようだ。一歩、また一歩とマリアへ近づくような迫力も有するガブリエルに対して、マリアは体をよじり、美しい曲線を見せている。ガブリエルの迫力に気圧され思わず身をひき、両手を天使に向かって突き出す様子からも、マリアの驚きや戸惑いといった複雑な心境が感じられる。聖書を読んでいたマリアへ突然告げられた神の御言葉を受け入れきれない様子が、思わずうつむく彼女の表情からも感じられ、どことなく儚く優美なマリアが見事に描写されているのである。
  また、床のタイルの格子模様により奥行きが示されている。部屋の開口部から視線は川の流れに沿って蛇行しながら奥へと誘われる。こうして広がる広大な自然の景色が感じられながらも、奥へと進んだ視線は、中景に生える一本の細い木によって押し返され、前景の二人が織り成す告知の場面が強調されるのだ。豊かな量感をもつ両者の描写は精緻である。ガブリエルの衣服のドレーパリーは大きな体の動きに合わせて複雑にしわをつくっている。また透けるように描かれた布の描写も見事で洗練された様相をも付与する。ガブリエルの衣服の赤と羽の緑という補色対比、そしてマリアの赤・青・黒のコントラストが華やかさをもたらすのだ。
  作品Bはガブリエルがマリアに神の子を宿したことを告げた後の場面が、アシンメトリックな構図、人物の大胆な動き、そして緻密な描写で華やかに、躍動的に描き出されているのだ。作品Aでは、重大な場面にふさわしく、厳かで緊張感漂う静かな空間での受胎告知の瞬間を見るものに感じさせる。一方作品Bでは受胎告知という歓喜の場面を、ダイナミックな人物の動きとクローズアップされた画面でもって華やかに描き、見るものを魅了するのである。



近藤  真帆さん

  見る者に伝えられる意味や感情の違いというものは「造形上の特質」の違いによって生まれるのではないか。ここで「受胎告知」という主題を同じくしながら、まったく印象の異なるフラ・アンジェリコとボッティチェリの作品を比較しつつ論じたい。
 フラ・アンジェリコの「受胎告知」は古代ローマ風の建築が舞台である。画面左は屋外になっており細長い木々と草花がうかがえる。日が落ちて庭も静まり返り、受胎告知という場面にある種の緊張感を与えている。建築は柱と柱がアーチ型になっている事が最大の特徴だ。左側面はアーチ型と柱が規則正しく並び整然とした奥行きをつくるとともに、左から右へ風が吹き抜けるような一定の流れさえもつくりだしている。正面のアーチは大天使ガブリエルとマリアをそれぞれ囲むようにして並び、両者の神聖さを高めている。大天使は両手を敬々しく交差させて、たてひざをつき、腰をかがめている。全身を包み込むドレスは全体になめらかなシルエットをつくりあげ、流れるようなドレイパリーを刻んでいる。左から差してくる光によって明暗表現による確かな量感もうかがえる。翼は画面のあらゆる色彩を集約したように色とりどりであるが、厳粛な雰囲気を損なっていない。むしろぴんと張った翼は大天使の誠実性を表しているように思われる。大天使よりやや奥に座っているマリアは大天使と同様に胸の前で腕を交差させている。イスに浅く腰かけ、少し驚いたような表情で大天使に向かって会釈している。肩にかけた青い衣は全体をやわらかいシルエットにすると共に、衣の下に隠された足の様子を表している。お互いの光輪は、顔の向きとは無関係に、両者の背後に描かれ、顔の輪郭や表情を際立たせている。
  このフラ・アンジェリコの作品は、中央に向かって整然と収斂していく線遠近法に基づいた厳正な空間の中で、大天使が静かにマリアのもとに降り立ち、懐妊を告げた場面なのだ。両者の丸みを帯びたシルエットが厳格さの中に穏やかささえも与えているのである。
  一転してボッティチェリの「受胎告知」はより華やかで劇的な印象を受ける。正方形に近い画面に、室内が描かれた作品だ。画面左奥には広大な外の景色がうかがえるようなテラスがあり、室内空間特有の閉塞感を払拭している。中でも一際背の高い木に目がとまり、そしてその真下にいる大天使ガブリエルに視線が誘われる。大天使はフラ・アンジェリコの作品よりも一層腰を低くかがめ、崩れ落ちるマリアをなだめるかのように右手を伸ばしている。細かい髪の流れや、ドレイパリーと明暗表現による量感の表現に技巧の高さが感じられる。とりわけ肩にはおっている透明な衣はたった今降り立ったように風にそよいでいる。また筋肉が感じられるような力強い翼も魅力的だ。右手に持つ百合は体のカーブと逆方向にしなり、効果的である。この大天使の視線と伸ばした手の先にいるのがマリアである。大天使の方へ大きく右手を伸ばし、右ひざをまげ驚愕のあまり今にも崩れ落ちそうな様子だ。体の表現だけでなく色彩においても注目したい。ガブリエルの服の鮮烈な赤や床のタイルの赤と同様の赤色の服を着ていながら、その赤を引き立たせるように黒と青のマントをまとっているのだ。特に、左手を伸ばした際にひるがえったマントの黒とそでの赤は、強烈に我々の視線を引きつける効果をもっている。こうした大天使からマリアにかけての左下から右上へかけあがるような視線の流れが作品のドラマ性を生み出しているのである。しかしながら、体の動きとは裏腹に穏やかさが感じられるようなマリアの表情や、顔の向きによって角度をかえる輝かしい光輪が、受胎告知という主題の神聖さを保っているのである。壁や床面の水平・垂直軸は画面の厳格さだけではなく、確固たる奥行きを生み出している。
  このボッティチェリの「受胎告知」は、たった今天界から降り立った大天使が突然に懐妊を告げ、驚きを隠せないマリアが実に華麗にドラマチックに描かれている。こうして作者が散りばめた造形的特質をすくいとる事で、見るものに伝えられる意味や感情の相違が生まれるのだ。



岡  龍廣さん

  作品A、Bはともに新約聖書の一場面である「受胎告知」を描いたものである。
  作品Aは、フラ・アンジェリコの作品で15世紀前半に制作されたものである。登場人物は2人で左に大天使ガブリエル、右にマリアであり、マリアが神の子を身籠ったことが伝えられている。2人は室内におり、それを囲む柱とアーチによってリズムが生み出され、画面に厳格さが与えられている。室内の様子は、全体として装飾が抑えられ、色彩も落ち着いており、閑静な様子である。例外的に装飾がなされている柱頭はアクセントとなっている。この室内空間は、奥に壁があることによって広がりが限定されているが、わずかに通り口を設け、隣の部屋を示し、さらにそこに窓が描かれていることによって、視線が抜けることができ、息苦しさを感じさせない。大天使ガブリエルはうすいピンク色の服を着ており、左足を前に出して、やや身をかがめて、両腕を胸の前に交わらせている。落ち着いた印象を受けるが、翼は、虹のように色彩が豊富である。頭部には光輪が描かれている。マリアは、壁などと近いクリーム色の服の上に深い青色の上着を着て、椅子に座している。やや大きく描かれた両手を腹部にあてて、表情は露わではないが、目を大きく開き妊娠への驚きを示している。金色の髪につけられた赤色の輪がアクセントとなっている。頭部は、光輪で囲まれている。2人の動きは抑制されているものの、視線が交わり、画面からは緊張感が感じられる。画面左の屋外では手前は草地、柵で区切られた奥は森で、深い緑を基調としており、画面に静寂をもたらし、明暗対比によって室内を目立たせている。視点は、2人のいる室内から一段下がった屋外にあるため、我々観る者は、この絵と2人が、我々とは離れた存在であることを認識し、崇高さを感じるのだ。
  作品Bは、ボッティチェリ作で作品Aより後の15世紀後半に制作されたものである。描かれている人物は、作品Aと同様にマリアと大天使ガブリエルである。2人は室内に居り、その壁と床による垂直線と水平線が多く用いられており、画面を構成している。壁の一部は空いていて、外のバルコニーへと出られるようになっており、そこからさらに、後景の屋外へと視線は抜けていき、川の流れに沿うようにして、城のような建造物と、さらに奥には、なだらかな山の稜線が見える。ここでは遠くにいくほど色が薄く描かれており、この空気遠近法によって空間に奥行きが生まれている。また、手前には背の高い1本の木が生えており、画面に上昇感をもたらしている。室内の床面は赤系の色で描かれているのに対して、屋外は、薄い緑色で描かれており、補色の効果によって互いを高め合っている。大天使ガブリエルは、左足を前に出して右膝をつき、腰を落としてマリアの方を見つめている。左手に百合の花を持ち、右手で点を指しており、性を超越した顔立ちである。紅色の服の上に白いレースのようなものを着ており、とても細かな描写がなされている。翼は緑色で、その紅い服と対応している。一方マリアは、重心を大きく画面右側へとずらして、体全体で弧を描くように身をのけぞらして、その知らせに対する動揺を示している。天使の方へと出された手は、拒絶を示しているかのようだが、下を見つめる、そのあどけなさの残る顔は、どこか悟っているような落ち着いた表情である。マリアは、赤色の服に青と黒の上着を身につけており、金色の装飾が施されるなど華やかである。半透明のベールの表現などは見事である。2人の着ている服は量感豊かで、ドレーパリーの巧みな表現によってその質感が表されている。また頭頂部には光輪が描かれている。マリアの手前には、開きかけの本と、それをおいた台がトリミングされていて空間の右方向への広がりを示している。視点は2人と同じ室内空間にあるため、我々は、この場面とその登場人物に対して身近にいるかのような親近感を抱くのだ。
  このように、作品A、Bは、同じ場面を主題としながらも、その異なる表現や造形的特質によって、我々のその作品から得られる印象や感情は全く違ったものになるのである。